松尾恒一『倭寇・海商・華僑―海はいかにして歴史をつないだか』(筑摩書房、2025年)新書判、254頁、920円+税

By

目次
はじめに
Ⅰ 倭寇―世界をつないだ多国籍海賊
 第1章 倭寇と大航海時代
 第2章 東南アジアを目指した中国海賊
Ⅱ 海商―日清・日蘭貿易と激変する世界
 第3章 貿易はどのように行われていたのか?
 第4章 日清・日蘭貿易で激変した生活
Ⅲ 華僑―日本に渡った華人たち
 第5章 清の海商から在日華僑
 第6章 戦後の華僑
あとがき
参考文献

Ⅰ「倭寇」では、東アジアの海上勢力を検討する。元寇のような朝鮮半島から日本列島への侵攻と、日本人海賊「倭寇」の発生と展開を辿る。
第1章 「倭寇と大航海時代」では、蒙古軍の退去とともに日本人海賊が現れ、主に中国大陸と朝鮮半島の沿岸部で海賊行為を働くようになり、倭寇を構成する人々は時代を経て変化し、室町時代には、明国人、日本人、高麗人を含む多国籍海賊となる、と述べる。また倭寇や中国海賊がポルトガルと結託し、東シナ海に進出し、中国海賊の導きにより日本に到達したとする。その最たる例が後期倭寇頭目の王直である。王直はポルトガルを日本に導き、そのポルトガル人が最新兵器である火縄銃を日本にもたらした。

第2章「東南アジアを目指した中国海賊」では東南アジアを目指した海賊に焦点が当てられる。その筆頭が、華南地方に生まれ、パタニ王国(現在のタイ王国、パッターニー県)の高官となった林道乾とその妹、林金蓮(「林姑娘」にんこにゃん)である。林姑娘は中国に戻らない兄を連れ戻せず、道乾の立てたモスクの脇で首を吊ってしまう。林姑娘は愛国の女神として、華僑からの篤い信仰を受け、現在も多くの信仰を集めている。この章においては、マレー半島の宗教対立や、道乾の立てたとされるモスク「マルジド・クルーセ」の問題など、現代まで続く問題にもフォーカスされている。

Ⅱ「海商」では豊臣政権~徳川幕府期の、日本と清国の貿易を中心に、貿易がいかに生活を変えたのかを論じる。
第3章「貿易はどのように行われていたのか?」は、「展海令」により清から日本や東南アジアへの渡航が公認されるようになったことや、アヘン戦争の講和条約である南京条約による五港の開港や、日本では長崎のほか、横浜・下田・函館・新潟・兵庫の開港など、清や日本の貿易がより世界的になっていく様子が概観される。ここでもレアアースや採掘や、ファストファッションの低価格実現の実態など、現代的な問題について触れられる。特にファストファッションについては、先進国の企業が低価格戦略として、途上国の国民による劣悪な労働環境によって生産されていることが指摘される。

第4章「日清・日蘭貿易で激変した生活」では、作物、茶、饅頭など今の我々にも身近なものの歴史が概観される。例えば、饅頭は最初は甘くなかったが、饅頭が甘くなっていく歴史などが語られ非常に興味深い。また、特に多くの紙幅が割かれるのは「綿(木綿)」である。

Ⅲ「華僑」は、清代の華僑と戦後の華僑に大別し論ぜられる。
第5章「清の海商から在日華僑へ」は、1858年の修好通商条約には清国は含まれておらず、清国海商は「無条約民」となり、多くが清国に帰国したが、日本に残った約240名の清国人を華僑の誕生と見る。しかしながらこのような清国人は、無条約民として欧米人の使用人や召使いとして居留する「外夷附属」(西欧人に従属する身分)となった。これら長崎の

第6章「戦後の華僑」では、日本の華僑だけでなく、マレーシアの華僑についても述べられるが、その中心は媽祖信仰や、盆行事などの民族学的な側面と、華人学校などの教育面である。

~読後感想~
 著者は民族学を専門としており、東南アジアの信仰などについて多くの紙幅を割いているのは、そうした背景によるのだろう。
 はじめは自分の専門の中国史関係と思って手に取ったが、現代にも通じる様々な問題提起がなされている。特に第3章、第4章は現代を生きる我々にとっても身近で、非常に考えさせられる話題となっている。例えば私も大好きな饅頭の歴史であったり、特にファストファッションがその最たるものである。最近某服屋も安くないよなぁなどと思っていたが、安さの裏には劣悪な労働環境、非人道的な強制労働などがあることを思い知らされた。
 また第5章で触れられる契約労働者と「からゆきさん」について。契約労働者とは渡航費、食費などを借金して渡航した華人を言う(p. 169)。労働の賃金から差し引かれて借金を返済したが、これに似た制度は実は紀元前の秦からある。罰金刑を受け、返せない場合は官府などで働いて返すのである(居貲贖債)。その返済の仕方にも、食糧の支給を受ける場合には1日6銭返したものとし、食糧の支給を受けない場合にはそれが8銭となった(日居八銭)。
 「からゆきさん」については、恥ずかしながら全く知らなかった。「唐行きさん」つまり異国へ渡ることが原義で、多くの貧困女性が東南アジアへ渡ったという。なにやら今の移民問題についても繋がるところがありそうだが、ここでは触れないでおく。
 私は横浜の中華街すらも訪れたことがないが、長崎ランタンフェスティバルに大変行きたくなってしまった。今年はもう無理なので、来年なんとか行ってみようかな…。

ねごと読書備忘録をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む